本尊の史伝

秋葉三尺坊大権現の史伝

秋葉三尺坊大権現の史伝

秋葉三尺坊大権現(以下通俗的に、秋葉さま、と略称する)は、神道系の神さまのように思われている場合も往々あるが実際は仏教系統の聖者である。

伝うるところによれば、鎌倉時代の中期に信濃国(長野県)に於いて生まれた人である。その母は観音さまを信仰し、千日詣りの大願を立て、満願の夜、ご宝前において通夜しておると観音さまが、その応現の三十三身の中の迦楼羅身(かるらじん)を授け給う悪夢を見てのち、秋葉さまをお産みになったということである。

秋葉三尺坊大権現として

秋葉さまは、七才の頃に出家し、仏教の明師について仏道を修行したが、天資聡明、十五才で阿闍梨(あじゃり。僧侶を教え導く地位)となり、信濃を出発し、越後国(新潟県)蔵王堂へ行って、更に修行を続けられた。

その蔵王堂には十二の僧坊があり、その随一である三尺坊に居住しておられたので「三尺坊」が通り名になっておった。かくして秋葉さまは幾星霜の長き歳月をここで修行しておいでになると、満願の座に於いてお護摩の火焔の中から、鳥形両翼にして左右の手に剣と索を持った霊像が出現したので、秋葉さまは心中ひそかに、これおそらくはその修法の悉地成就する吉祥のしるしならんと法悦を抱きつつ、猶ほ一心に観法修行を凝らしておられる間に激しい心海の狂える濤は静まりて遂に大願成就、不動明王の三摩地(さんまじ)を体得して飛行自在の神通力を得られ、折りしも忽然として現れた白狐にまたがって虚空を飛行、白狐は遂に遠江(静岡県)の秋葉山に来て留まったのである。これ永仁二年(皇紀一九五四)八月のことである。

かくして秋葉さまは、この山を有縁の地としてここに錫(しゃく)をとどめ、衆生救済の道行を続けて一生を終わり、後ち秋葉三尺坊大権現として祀られたのである。

秋葉さまは真言宗の聖者であった

秋葉さまを仏教系の聖者とすれば何宗に属する人かと云えば

(1)十五才にして阿闍梨になったこと

(2)不動明王の秘密法を修行せられたこと

(3)秋葉さまが越後の蔵王堂に於いて不動法を修し、悉地成就の後ち白狐に乗り来り、有縁の地として留錫止住せられた秋葉山の秋葉寺が、往昔は霊雲寺と称し、真言宗の寺院であったこと

かくして秋葉さまは、この山を有縁の地としてここに錫(しゃく)をとどめ、衆生救済の道行を続けて一生を終わり、後ち秋葉三尺坊大権現として祀られたのである。

三尺坊の由来

それから時代に居住せられた秋葉山の地名、「三尺坊」は蔵王堂修行時代に居住せられた僧坊の名称から来ておることは既に述べたところよって当然諒解されるであろう。

「権現」の字義は権に仮りにある姿を現し(化身)人類社会を救済されるという仏教思想から出てきた語である。

基督教にも、従って西洋にも類似の思想がありインカーネーションという語がある。それで秋葉さまの場合では、本地の仏さまは観世音菩薩が本地仏で秋葉さまはその化身、垂跡、権現ということになり、秋葉さまが修行して不動明王の三味を体験せられたことを綜合して、観音さまと秋葉さまと不動明王とが三位一体ということになると考えられる。